まちの文化財(186)中瀬の大日寺

更新日:2020年10月30日

大日寺の本堂

大日寺の本堂

お堂にある子牛の石像

お堂にある子牛の石像

大日まつりの様子

大日まつりの様子

石段の改修記念碑

石段の改修記念碑

中瀬鉱山を正面にみる高台に大日寺があります。奈良時代に開かれたと伝わる寺院で、山の上から現地にお寺がおりてきたといいます。本尊は大日如来立像です。親しみを込めて「中瀬の大日さん」と呼ばれています。

本堂は寛政10年(1798)の建築で、南北4間、東西3間の規模があります。玄関は南向きに設置された妻入りの建物で、唐破風が増築されています。

農業が機械化される昭和40年代まで、農家では田を耕作するための労働力として牛を飼っていました。西日本では広く「大日さんは牛の神さん」という庶民信仰がありました。

大日寺の参道には石段改修記念と彫った大きな石碑があり、「昭和八年」と「関宮村畜産組合員」の文字が彫られています。畜産組合の有志が、川原石を敷き並べた石畳の参道を整備した記念碑です。

本堂の横にあるお堂に、大屋の蛇紋岩で作った実物大の子牛の石像が祀られています。子牛には、赤色の帯状の首輪があり、鼻木から首に千筋(せんすじ)という麻紐がつながります。角の付け根には額章(がくしょう)という牛の体温を保持する布を巻いています。この牛は雌牛の「おなめ牛」であり、共進会に出場する姿に飾られています。

中瀬の大日まつりには、関宮・熊次・村岡から多くの農家が訪れました。参道には露天商が並び、農家は春から始まる野良仕事に必要な新しい鎌や鍬を買って帰る習慣がありました。

令和2年は3月29日に大日まつりがありました。この祭りは、牛を飼う農家にとって春を迎える大切な伝統行事でしたが、農業の機械化によって参拝者は少なくなりました。

親牛は農耕用の雌牛です。親牛が病気で死ぬと、農家は大変困りました。また雌の子牛が生まれて、共進会で優秀な賞をもらうと、養父市場で開催される牛市で高く売れました。牛の安全と健康を祈る大日まつりは農家の大切な行事でした。大日寺にある子牛の石像が静かにお寺の森を見守っています。

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