まちの文化財(39) 養父市のコウノトリ

更新日:2019年11月18日

コウノトリの浮き彫り(拡大)

         コウノトリの浮き彫り(拡大)

泉光寺にあるコウノトリの石碑

     泉光寺にあるコウノトリ石碑(全体)

 

特別天然記念物であるコウノトリは、兵庫県の県鳥となっています。平成11年に豊岡市に兵庫県立コウノトリの郷公園が開設され、98羽が飼育されています。平成17年からは野生復帰のための放鳥も始まりました。

コウノトリと鶴は大きさや形がよく似ていることから混同されますが、鶴が干潟のような湿地に住むのに対して、コウノトリは松の木の上のような高い所に巣を作ります。このため昔からコウノトリは「松上の鶴」と言われてきました。但馬でも一般的に、昔から鶴と呼びました。

養父市場は、江戸時代からコウノトリがたくさん巣を作って生息していました。昭和初期まで養父神社東側の丘は、鶴山として有名でにぎわいました。養父市場村が発行した江戸時代後期の古札(藩札と類似した紙幣)には、松の上を飛ぶコウノトリの絵を描いたものが知られています。そこには「賃銭預切手・銀壱匁・村限通用」などの文字を印刷しています。県下でも、松とコウノトリを一緒に描いたお札は珍しいものです。

また大薮の泉光寺には、弘化3年(1846)に建てられたコウノトリの句碑があります。特にコウノトリの浮き彫りを刻んだ珍しいものです。俳句は、「相なれて、三日千寿の、別(わかれ)か那」と刻んでいます。病気のコウノトリを三日介抱したが死んでしまったという意味です。旗本の大薮小出家で代官を勤めた大島貞利が作ったコウノトリの句碑です。

養父市浅間では、昭和27年3月に「伊佐のコウノトリ及びその繁殖地」として特別天然記念物の指定地になりました。当時但馬には約30羽が生息していました。但馬の繁殖地を保護しましたが、昭和46年に野生種は日本で絶滅しました。しかしコウノトリの人工飼育は続けられました。その努力が稔り、平成元年には人工飼育で日本で初めてのヒナが誕生しました。

平成6年に建築されたようか武道館は、東からコウノトリが羽根を広げて舞い降りる姿が外観の設計に取り入れられています。コウノトリは豊岡市の鳥のように思われていますが、養父市も昔からコウノトリの繁殖地として賑わい、空にはコウノトリが舞っていました。

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