ハチ高原にあるリフト

ハチ高原にあるリフト

ハチ高原を視察する坂本県知事

ハチ高原を視察する阪本県知事と井上町長

(昭和36年)

国定公園を示す兵庫県の記念碑

国定公園を示す兵庫県の顕彰碑

ハチ高原の白樺と観光バス

ハチ高原の白樺と観光バス

鉢伏高原の開発は農業分野で始まりました。明治15年から昭和50年代まで豊岡の柳行李の材料となる杞柳(コリヤナギ)を生産しました。また、大正8年から昭和47年まで兵庫県種畜場但馬分場の夏季放牧場となり、約40頭の種牡牛が放牧されていました。

昭和36年11月10日、兵庫県知事阪本勝氏は一谷企画部長・寺畑総務部長・吉田農林部長、さらに県の担当課長と共に鉢伏高原を視察し、関宮町長井上毅義氏から現地説明をうけました。

阪本県知事は「スキー場としても国際的なスケールだ。鉢伏という名は呼びにくい。ハチがいい。鉢高原と呼ぶことにしたい」「白樺を三万本植えて日本の名所にしよう」と夢を語り、ハチ高原の名付け親になりました(『関宮町広報』第48号)。

翌月には県庁の兵庫県総合開発課に鉢伏開発係を設置し、昭和37年度の兵庫県重点施策として「氷ノ山鉢伏山山麓開発5ヶ年計画」、5億4千4百万円の事業を立ち上げました。鉢伏にはリフト・夜間照明・キャンプ場を建設し、大久保・丹戸・別宮・葛畑にスキー場を整備する、轟には高原野菜の畑を開発し、各地を結ぶ道路を整備する大事業です。

昭和44年、ハチ高原は「氷ノ山後山那岐山国定公園」に指定されました。昭和46年には関宮町立鉢伏高原管理センターと駐車場が完成し、約35万人がスキーに訪れました。昭和52年には夏のキャンプや登山に約15万人が訪れる野外活動拠点に発展しました。

現在のハチ高原はゲレンデスキーだけでなく、登山や体験野外学習、高校や大学の合宿地として四季を通じて利用されています。ハチ高原には宿泊施設や体育館が幾つも整備され、白樺が茂っています。関宮学園の校歌には「山万丈、川千里」と歌われ、西日本を代表する大自然が広がっています。

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