東アジアの銘文入り太刀

更新日:2019年11月21日

古代史の空白地帯

戊辰年銘大刀の発見が報道された昭和59年1月の当時、次のような新聞記事がありました。『但馬の鉄刀の最大のナゾは、目立った遺跡のない但馬地方で、ごく平凡な古墳から出土した何の変哲もない刀に、「千に一つもでない」といわれるほど、極めて珍しい銘文が刻まれていたことである』。『それほど貴重な鉄刀がなぜ但馬の小さな古墳から出土したのか。箕谷古墳の銘文刀が投げかけた最も大きなナゾである。隣り合わせた丹波、丹後、因幡に比べると但馬は書かれた文献も少なく「古代史の空白地帯」だ』というものです。

しかし5世紀中頃に全長 128メートルもある但馬最大の前方後円墳である池田古墳が朝来市和田山町に造られて以後、7世紀前半までには大型横穴式石室をそなえた養父市大薮の禁裡塚古墳や塚山古墳があります。古墳時代中期から後期における但馬は、考古学的に決して古代史の空白地帯ではなく、丹後・丹波・因幡に比べても優れた一面もあります。

それはそれとして、なぜ小さな古墳から銘文入り鉄刀が出土したのか。また西暦608年にどんな出来事があって銘文入り鉄刀が作られたのか。さらにどんな理由があって貴重な銘文入り鉄刀が但馬にもたらされたのか、未解決の問題としてナゾは続いています。

東アジアの銘文刀剣一覧

銘文太刀一覧

7世紀の銘文入り鉄刀

銘文鉄剣の分布と移動

銘文鉄剣の分布と移動

7世紀代の銘文入り鉄刀は3本あります。箕谷2号墳と四天王寺と群馬県藤岡市の出土品です。箕谷2号墳の副葬品をみると金銅製の杏葉(ぎょうよう)や革金具などがみられますが、岡田山1号墳のように豪華な遺物が豊富にあるわけではありません。副葬品の点数をみると約50%が土器で、残りの約50%が鉄製品です。鏡や玉類はありません。馬具でも鞍や鐙・轡はみられません。副葬品にみられる畿内系の遺物は貧弱で、貴重な銘文入り鉄刀だけが副葬品群の中で単独で存在しています。

また四天王寺の直刀は、柄(つか)よりの位置に、縦方向に丙子椒林(へいごしょうりん)の4文字の銘文をもちます。お寺の伝説では百済より貢進されたもので、聖徳太子の所持品だとしています。丙子椒林剣という名称で呼ばれていますが、切刃造の直刀です。さらに群馬県藤岡市出土品も丙子椒林剣と同じ位置に4文字を刻む切刃造の直刀です。銘文は金象嵌ですが、文字はよみとれません。

これらの鉄刀の刀身の全長を並べてみると戊辰刀銘大刀(65センチメートル) 、丙子椒林剣(65センチメートル)、群馬県出土品(64センチメートル)となっており、長さが同じです。また銘文の位置もほぼ同じ位置にあります。そして文字は6文字ないし4文字の限定した語句を入れています。5世紀代の江田船山古墳の74文字、稲荷山古墳の115文字はもちろん、6世紀代の岡田山1号墳の12文字のような多くの文字を刻むことはありません。こうしたことから7世紀代の銘文入り鉄刀は、刀身の柄よりの位置に4~6字程度の語句をいれる儀杖用大刀として成立していると考えられます。

官位12階を前提として成立した銘文刀

戊辰年銘大刀

戊辰年銘大刀

貴重な銘文入り鉄刀がなぜ但馬の小さな古墳から出土したのでしょうか。7世紀代の銘文入り鉄刀は、5・6世紀代のように有力な古墳の豪華な副葬品の中の貴重な遺物として取り扱われるのではなく、古墳の規模や副葬品のセット関係にも関わりなく、銘文入り鉄刀だけが単独で意味をもっていたと思われます。

西暦 603年には官位12階が定められ、服装の色分けによって身分を明示しました。この時期、古墳時代を代表する豪華な金銅製鞘をもつ大形の装飾大刀から、奈良時代に続くような黒漆塗りの地味な小形の直刀へ嗜好が変化してきます。こうした時代の変化は、官位12階を前提とした初期律令社会の成立によるものと考えられます。

7世紀の銘文入り鉄刀は律令社会の要請によって小形化し、そして定型化しました。当初、箕谷2号墳の銘文が6文字しかなくて、少ない文字数が不思議でした。しかし丙子椒林剣や群馬県藤岡市出土品はいずれも4文字であり、箕谷2号墳の6文字は、この時期としては決して少なくありません。7世紀の銘文入り鉄刀は初期律令社会の中で特定個人に与えられる儀丈用大刀で、正倉院に伝世するような奈良時代の直刀の祖型になるものと考えられます。

したがって箕谷2号墳の埋葬者が、戊辰年(西暦 608年)に奈良県の古代飛鳥において特別な功績によって銘文入り鉄刀を与えられたという推理も可能なのです。いずれにしても戊辰年銘大刀は飛鳥の地で作られ、それが但馬に持ち運ばれて箕谷古墳に持ち込まれたものと思われます。

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