まちの文化財(114) 三宅タイコ山古墳

更新日:2019年11月14日

関宮地域で最も大きいタイコ山古墳

関宮地域で最も大きいタイコ山古墳

山側から見たタイコ山古墳

山側から見たタイコ山古墳

 

向三宅集落の直ぐ西側にある小高い山が三宅タイコ山古墳です。古墳からは大谷から三宅、八木地域の水田地帯がよくみえます。タイコ山古墳は5世紀前半に作られた古墳であり、この地域を治めた有力者のお墓だと推定されています。

昭和49年、この古墳で小規模な発掘調査が、関宮中学校教諭の高松龍暉氏によって行われました。古墳の頂上部で、長さ9メートル・幅1メートル・深さ30センチメートルの範囲を発掘調査しました。

その中の一部を深さ70センチメートルまで掘り下げたところ、長さ90センチメートルの鉄刀が1本出土しました。さらに鉄刀から50センチメートル離れて、鉄鏃(てつぞく・矢の先につける鉄の刃)が8本出土しました。鉄刀は特に大切に扱われており、木製の鞘に納めて布で巻いて置かれていました。

三宅タイコ古墳の規模は、直径が約44メートル、高さ約8メートル、関宮地域では最大の大型円墳です。頂上部は直径約10メートルの平坦地で、広い面積があります。養父市でもトップクラスの規模です。

但馬地方には、三宅という地名が豊岡市と養父市にあります。三宅は屯倉(みやけ)とも書きます。古代のヤマト王権が直轄地とした土地と倉庫にちなむ地名です。現地には、屯倉を管理する役所が置かれることもありました。

6世紀に養父郡を治めた一族は「但馬公」(たじまのきみ)であり、そのもとで三宅氏が養父屯倉を管理していた。その時代は安閑(あんかん)天皇(西暦530年頃)よりも以前だろうという説があります。

養父屯倉が置かれた地域にある最大の古墳が三宅タイコ山古墳です。何らかの形で、養父屯倉に関係する一族の古墳だと推測しています。

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