まちの文化財(83) 米里薬師堂

更新日:2019年11月18日

米里の薬師堂

                           米里の薬師堂

上:身舎左妻後の梅に鶯  下:身舎正面左の天女

                 上:身舎左妻後の梅に鶯

                 下:身舎正面左の天女

 

米里区にある薬師堂と関宮区にある関神社本殿・拝殿が、平成23年8月16日に兵庫県登録有形文化財になりました。養父市内にある兵庫県登録有形文化財は、合計で7件となります。

関神社本殿は弘化4年(1847)の建立で、拝殿は天保14年(1843)の建立です。丹波柏原に住む彫刻師で、丹波や但馬で活躍した中井正貞の彫刻が良好な状態で確認できます。本殿の裏側には、中井正貞の署名が残っています。

中井正貞と中井正次の父子は、中井権次を襲名した彫刻師です。江戸時代後期から明治初期に活躍し、中井家彫刻の隆盛を極めた人物です。香住の大乗寺山門にみられる彫刻は中井正次の代表作であり、兵庫県指定文化財になっています。

米里薬師堂は、明治4年6月に米里村が建築したものです。しかし様式からみた建築年代は17世紀後半です。このため市内最古の薬師堂と判明しました。古い薬師堂を解体して持ち運び、米里に再建したものです。 薬師堂は一辺が5.9メートルの正方形で、現在の屋根は瓦葺です。当初の内部は土間でしたが、全体の柱をそのまま57センチメートルあげて床板を張り、畳敷に改修しています。しかし壁面の一部には当初の窓や腰板が残っています。正面の扉も当初のものです。建物の柱は、先端を丸く削った粽(ちまき)という方法が採用されており、禅宗様の特徴を示しています。

そして薬師堂外面にある蟇股(かえるまた)の彫刻には天女、竹に虎、蓮、梅に鶯、象、松、菊水の彫刻があります。江戸時代前期の彫刻として貴重です。但馬地方では、江戸時代前半の彫刻は、蟇股などの一部に使われるだけです。

建造物の文化財的な価値は、当初の材料が十分に保存され、後世の改修や材料の取り替えが少ないことが重要な要素です。また大工などの工事関係者の記録があることが重要です。米里の薬師堂は、延宝7年(1679)に出石城下の福富徳右衛門正成が棟梁となって建築した建物です。

米里区や関宮区が何百年も受け継いできた建造物が、貴重な文化財として兵庫県登録有形文化財となりました。

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