まちの文化財(19) 尾原の国道改修記念碑

更新日:2019年11月18日

尾原の県道と石碑

                  尾原の県道と石碑

明治45年の記念碑

             明治45年の記念碑

 

関宮地域の尾原に国道改修の記念碑が建てられています。明治45年7月の建立で、自然石の表面に兵庫県知事服部一二氏の書によって、「記念碑、為片岡寿左衛門翁」と彫ってあります。

現在の国道9号線は関宮から但馬トンネルをぬけて香美町村岡区福岡に続いています。このルートは江戸時代の山陰道で、明治9年に国道23号線となりました。明治18年に道路幅12尺(3.6メートル)の国道として整備されました。

しかし明治32年、距離が約5キロメートルも長くなる吉井・葛畑・大野峠を通るルートに変更になりました。

これは当時、関宮村の初代村長であった片岡寿左衛門氏(後に県議会議員・養父市轟)が、「関宮村縦貫」ルートとして国道を変更し、関宮村の西部振興の柱にしようと推進した結果なのです。村長は養父郡長を経由して兵庫県に提議し、政府の承認を引き出しました。

明治32年6月の関宮村の村会議事録には、「潰地・家屋移転及び障害物取除費用」の地元負担の予算案が議決されています。事業費は2,528円で、三宅16円、大谷18円、万久里7円、尾崎17円、関宮295円、吉井1,562円、出合613円です。直接利益を受ける吉井や出合の負担が大きくなっています。出合では道路用地の山林8反も関宮村に寄付しました。

多額の地元負担によって国道は葛畑ルートになり、関宮から福岡までの18集落の利便が向上しました。特に尾原から鹿倉口の間は、急傾斜な岩盤を掘って幅12尺の道路を新設する大変な工事でした。

昭和43年国道は、70年ぶりに但馬トンネルートに戻りました。しかし現在もこの道路は、別宮や鉢伏高原へ向かう観光バスが利用する重要な産業道路となっています。

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