昭和27年建築の木造校舎

昭和27年建築の木造校舎

県立大屋高等学校の記念碑

県立大屋高等学校の記念碑

ビッグラボにある旧大屋高校本館

ビッグラボにある旧大屋高校本館

旧本館の古写真

旧本館の古写真

(旧鉱山事務所、昭和28年頃)

昭和24年4月、大屋中学校の校舎を利用して県立八鹿高等学校大屋分校が開校し、5月10日に開校式を行いました。この時期、八鹿の中心校と大屋・山口・和田山・兎塚・村岡の分校、6校が定時制として誕生しました。八鹿にある本校は大屋分校よりも遅く、7月1日に県立農蚕高等学校から県立八鹿高等学校に校名を変更しました。口大屋村・大屋村・西谷村・南谷村の熱望によって、大屋に高校が開校しました。

昭和25年5月25日、旧大屋鉱山(日曹大屋鉱業所)の平屋建ての本部事務所を校舎として整備して移転ました。昭和27年に本館の北側に平屋建ての木造校舎を新築し、昭和38年に2階建てに増築しました。これが現在も残る木造校舎です。

旧体育館の南側の大屋川沿いに昭和59年に作られ校舎改築の記念碑が移転設置され、閉校記念碑と共に立っています。題字は県知事の坂井時忠氏による「其恕乎」の3文字です。これは「それ恕(じょ、思いやり)ならんか。おのれの欲せざる所、人に施すなかれ」という論語の一節です。

石碑には「昭和50年4月県立大屋高等学校として独立。逐次校地の拡充施設の整備を重ねたるも昭和58年4月再び分校となり現在に至る。永年の懸案たる校舎改築及び周辺整備は昭和59年8月完成す」と刻まれています。しかし平成22年2月27日、3034名の卒業生を輩出して61年の歴史を閉じました。

現在、大屋高等高校の建物は市立おおやアート村ビックラボとして芸術活動の拠点になっています。木造校舎は平成27年度に兵庫県景観形成重要建造物に指定されました。養父市の発展に貢献した大屋高校の施設が継承されて、形は違いますが伝統が繋がれています。

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