再建された多聞寺の本堂
現在の秋葉社
多聞寺からみた関宮の町並み
愛宕山にある秋葉社の山門
寛政4年(1792)3月15日、関宮村で大火がありました。関宮村が生野代官所に提出した被害報告には「焼失戸数95軒・土蔵9ヶ所・寺社3所焼失」と記録されています。
村役人の能見吉延は次のように説明しています。「3月15日正午に民家の灰から出火し午後4時までに住宅、多聞寺、毘沙門堂、荒神社が焼失した。郷蔵という米を入れた蔵も焼失した。種もみは井戸や溝につけて逃げたが、一面が火になって水が湯になったので役に立たなかった。上山(現在の愛宕山)まで火があがった。けが人や牛馬の焼失はなかった。羅災者は335人である。火元の家の者は村を捨てて出奔した。」
瓦がない茅葺き屋根の時代、強風の日に火事が発生すると村が全滅するような大災害となりました。昭和前半までは茅葺き屋根が多く、村の半分が丸焼けになる大火事が市内でも度々発生しています。
復興の記録では多聞寺本堂が寛政7年(1795)2月、毘沙門堂が文化3年(1806)6月に再建されています。貞享4年(1689)に作られた多聞寺本尊の聖観音菩薩立像、正徳2年(1712)に作られた弘法大師像は村人によって救出され、現在も本堂に安置されています。
多聞寺の裏山に愛宕山があります。この火事で愛宕社も焼けました。そこで寛政8年(1796)能見吉延が焼失した愛宕社を再建し、さらに文化12年(1815)には関宮村で秋葉社を建立しました。関宮大火から23年が過ぎて、秋葉社という火伏の神様を建立して防災を誓い、村の復興を祝ったと推定しています。
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