令和2年新年職員訓示

更新日:2020年01月16日

新年、明けましておめでとうございます。

令和2年の年頭を迎えるにあたって、訓示というより、連休中に考えたことをお伝えいたします。

いよいよ、令和の時代が、本格的にスタートしたということをひしひしと感じています。昨年5月に令和の時代になりました。令和という元号で迎える年末年始は初めてということであります。令和という時代は今を生きている若者たちが未来に向けて明るい希望の持てる時代であってほしいという願いがこめられていると話がありました。いよいよ、若者たちが未来に希望が持てる時代、未来を作り上げる、そういうスタートの年になったなと感じた正月でありました。

今朝の新聞とニュースを見ていました。経団連の中西会長の談話があり、いろいろ厳しい社会情勢、社会環境はあるが、デジタル化をしっかり進めていけば、日本の成長は維持でき、比較的安定した状況で、今年1年間も維持できるのではないかというものでした。経団連の会長が仰っているのですから、間違いないと思います。私もその記事を見てホッとして市役所に来たところであります。

今年は、何といっても、東京オリンピック・パラリンピックが開催される年であります。皆さん方、ご記憶にある方もあるかと思いますし、ひょっとしたら記憶にない方もいるのではないかと思います。56年前の昭和39年、東京オリンピックが開かれました。ちょうど私は、高校生で17歳、青春の真っただ中でしたが、家庭のテレビは白黒テレビで、興奮のるつぼとなった東京国立競技場を見ながら、日本の国はすごいと思い、ワクワク感を感じました。56年前とは若干、環境が違ってきていますし、56年前ほどのワクワク感はないわけですが、それでもやはり、世界を挙げての祭典ということで、日本に何らかの形で、良い影響を及ぼすであろうという高揚感を持っています。何とかこの東京オリンピック・パラリンピックが成功し、日本の国が益々安定的に発展していくこと、そのきっかけになることを強く願っているところであります。

ただ、そういう明るい希望的な話題もあるわけですが、昨年末のニュース・記事でありますが、令和元年の出生数が、90万人を割ったということがニュースになっていました。これは国の推計よりもかなり早く、少子化、人口減少がどんどん進んでいるということになります。そういう中で、地方創生の第1期が終わって、第2期が令和2年からスタートします。国全体で少子化、人口減少が進む中で我々地方にとっての地方創生を成し遂げなければなりません。5年前に地方創生をやろうといったときと比べますと、ますます、その地方創生をやらなくてはいけない環境が厳しくなっている、そしてまたその必要性も迫ってきているということでございます。私どももしっかりとそのことを、心の中に、織り込みながら、養父市の市政運営を進めていく必要がある、地方創生を進めていく必要があるということを強く感じています。

また、国は昨年、消費税の税率アップを行いました。この影響がまだ景気に対してどのように出たかというのはまだ定かではありませんが、いずれ影響が出ると考えております。

それから日韓の対立。これも経済界に大きな影響を及ぼしています。これらの影響がこれからでてくるのではないかと思っていますが、経団連の会長の「今年の経済は安定する」という話とは裏腹に、非常に日本にとって厳しい状況にあるということであります。

また、今年は憲法改正の議論がより進んでくるのではないかと思っているところです。国を挙げての大きな議論がしっかりとなされ、そして国が誤った方向に行かないような形で憲法改正議論が行われることを私自身も、強く願っているところであります。

いずれにしましても、非常に難しい時代になっていることは事実であります。

こういう難しい時代だからこそ、我々はしっかりと足元を見つめながら、養父市政を間違えることなく、しっかりと進めていく必要があるということであります。

国際的に見てみますと、米中の対立も国の経済等に関する影響がありますし、またここ2、3日の大きなニュースとして、アメリカとイランの対立が非常に激化しつつあるということもあります。これらも、国際的な平和、それから経済活動等にも大きな影響を及ぼすであろうと思いますが、早くこういう紛争がおさまってくれることを我々も願うのみであります。

日本の国内全体、それから、国際的に見ても難しい状況の中で、先ほど申し上げました養父市の市政運営をするということになります。養父市の市政運営で、国際的なこと、それから国内全体のことを考えることはどうかという話もあるかと思いますが、やはり小さなまちといえども、大きな波に翻弄されながら、生きているということでありますので、しっかりと大きな波を見極めながら、波に飲み込まれないように自ら進む、そういう進路をとっていく、そういうことが必要であると思っております。それが今、養父市の市役所には求められています。

養父市のことでありますが、非常に困った状況になっています。1つは雪がありません。今日は1月6日ですが、スキー場には雪がありません。数年前の暖冬が思い出され、スキー場がピンチに陥っています。年末のある新聞記事にもありましたが、都会の学校のスキー合宿がなくなるというようなことも考えられておりまして、そのような影響で、養父市の観光産業の要でありますスキー場経営が非常に厳しいものになっています。これについても、我々もしっかりと対応しなくてはならないと考えております。

1231日の神戸新聞の社説に「不安な時代こそ寛容さを」というものがありました。こういう不安な時代だからこそ、寛容さが大切ではないかということです。「そんな中、多様な個性が結束する強さを示したのは日本初開催のラグビー・ワールドカップで8強入りした日本代表の姿だ。異なる価値観を認めず、いがみ合う社会は危機にもろい。不安な時代だからこそ、寛容さを取り戻す必要がある」という記載がありました。私も、この寛容と忍耐、これは我々市政運営を行っていく上で、必要なことではないかと思っております。厳しい時代だからこそ、先ほど申しましたように、時代の波に翻弄されない、したたかさと強さ、そしてしっかりと、いろんなものを受け入れる、幅の広さ、度量の大きさ、寛容さ、それと忍耐が必要であろうと思っておりますので、職員の皆さんもそういう思いで、今後とも、市政運営にあたっていただくことをお願いしたいと思います。

それからもう1つです。私自身、この休み中結構忙しくしておりましたが、少し時間がありましたので、以前いただいた本に目を通してみました。童門冬二さんという作家がおられますが、その方が書かれた「上杉鷹山」という本です。童門先生となぜ知り合いかというと、嚶鳴協議会という会がありますが、会に加盟している東海市のアドバイザーのようなことをされておりまして、嚶鳴協議会ではいろいろと我々にご指導いただいている先生であります。その先生が書かれた「上杉鷹山」の中に、こういう一節がありました。まさしく養父市もそうだな、皆さん方とともに歩まなくてはならないなと思った一節がありましたので、このことをお話させていただきたいと思います。

「煙草盆の灰の中の小さな炭火」であります。タバコは昔、キセルで吸っていましたので煙草盆というものがありました。キセルに入れた煙草を火種でつけて吸っていました。上杉鷹山が上杉家の大名の養子になって、その跡を継ぎ、初めて国入りしたのは20歳の時であります。鷹山は米沢藩で、その国は非常に疲弊しており、この米沢は燃え尽きた灰の世界だと彼は感じました。彼は非常に落胆したわけでありますが、キセルで煙草盆の灰をかき混ぜていた時、その中に小さな火種を見て思いついたわけでありますが、火種は新しい火をおこす、その新しい火はさらに火をおこす、その繰り返しが、この国(米沢)でできないであろうか。その火種は誰であろう、お前たちだ。お前たちというのは鷹山を信じてついてきてくれている部下たちのことであります。非常に厳しい環境の中で、改革を求めない閉鎖的な、そして、鷹山の改革を阻止しようとする大きな勢力がある、その渦中に飛び込んだ形の鷹山が感じたことであります。そして、その腹心の部下たちに、まずその火種になって欲しいと頼んだわけでございます。多くの新しい炭にお前たちが火をつけろということです。新しい炭というのは、多くの藩士であり、藩民のことであります。藩士は、従来の古い体質の中で改革を好まない、そして、藩民が困っているのに、重税を課して、変わらない贅沢な生活をしている、そのことに気づかない藩士たち。それから藩民はそのことに疲れ切って疲弊してしまっているので、何を言っても、何を言ってもお上が聞いてくれないという諦めの中に、沈んでいる、その多くの新しい炭に火をつける、新しい炭というのはその藩民のことだということになります。そうして、炭にもいろいろあるだろう、それらの中には濡れている炭もあるだろう、湿っている炭もあるだろう、火が付くのを待ちかねている炭もあるだろう、一様ではないということであります。ましてや、私の改革、鷹山の改革に反対する炭もたくさんあるだろう。そういう炭たちはいくら火吹きだけで吹いてもおそらく火はつくまい、と彼は言っています。しかし、その中にもきっと1つや2つ火がついてくれる炭があろう、私は今それを信じる以外ないと、そのためには、まず、お前たち、腹心の部下たちに火種になってくれと頼んでいるわけです。そして、お前たちの胸に燃えている火をどうか心ある藩士の胸に移してほしい、ということを言っております。

私はこの本を読んで、養父市でも、火種はたくさんあるし、この火種でも、今、多くの市民であるとか、皆さん方にも付きつつあるということを、最近感じているところであります。皆さん方にお願いしたいのは、どうかこの小さな火種にひとつひとつなってほしいということであります。先ほど申しましたように、国の環境、景気は安定しているというふうに思いますが、人口減少であるとか、それから少子化、これは非常にやはり厳しい状況にあるということは事実であります。今まで養父市の人口減少に歯止めをかけるために、養父市の創生にしっかりと取り組んできましたが、まだまだ十分でないということは事実であります。どうか皆さん方には、その養父市の創生を成し遂げ、そういう意味での、1人1人が火種になってほしいと思っているところであります。その火種は間違いなく付きつつあるということであります。養父市は地方創生以降、皆さんが努力していただいたおかげで、多くの方の移住定住が認められて、移住家族の数は200世帯を超えておりますし、それに伴う移住者は400を超えているということであります。200の炭、400の炭が燃えつつあるということでありますし、市民の中でも活躍していただいている方もたくさんいるということであります。その中で、職員の皆さん方の存在は非常に大きなものがあります。皆さん方が火種になって新しい炭にどんどん火をつけていただく、そしてその炭がまた新しい炭に火をつける、そういう広がりをしっかりと、やっていただきたいと思っております。令和2年は、冒頭申し上げましたように、新しい時代の実質的な本格的なスタートの年でありますので、その火種をどんどんどんどん大きくしていく年にしたいというふうに考えているところであります。どうぞよろしくお願いいたしたいと思います。

火種の1つとしまして、本当に明るいニュースがあります。昨年の末に市長室に報告に来ていただきました水田芽依さんという方であります。八鹿青渓中学校の3年生でありますが、全国競書大会で、東京都知事賞をいただかれたということであります。東京都知事賞っていうのは、全国1位ということでありまして、今まで多くの方が優秀な成績を収めておられますが、東京都知事賞、全国1位になるというのは初めてのことであります。中学3年生とはいえ、書道家、芸術家が養父市にいる、そういう人がいるということであります。これも小さな火かもしれませんが、彼女は大きくなったら書道家になって、書道教室を行いたいと言ってくれました。将来養父市で書道教室を開いてくれると思っていますが、そういう火種がおきつつあるということであります。このような素晴らしい、火種を我々は大切に大切に、大きな火にしていかなければならないと思っています。

私にとりましても、今年は第3期目の最終の年ということになります。市長を12年前にならせていただきまして、政策綱領マニフェストで、多くの約束を市民の皆さん方と交わしました。やはりその一番目的は、やはり養父市創生ということでありますが、それらを成し遂げるために、多くの政策を考え、約束を市民の皆さんといたしました。それらについても、着実に仕上げていかなくてはならない、成し遂げなくてはいけない、そういう意味でも、心新たに、今年1年間、しっかりと取り組んでいきたいと思っていますので、皆さんよろしくお願いしたいと思います。

今年1年、令和2年が、職員の皆さん方、そして職員のご家族の皆さんが、そして養父市民にとって、良き1年となることを、心から祈念申し上げまして、そして、そういう年となりますように、皆さんがたの奮起を促しまして、1年のスタートにあたってのあいさつといたします。この1年間どうぞよろしくお願いします。

令和2年1月6日

養父市長 広瀬 栄

 

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