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まちの文化財(37) 八鹿能舞台

まちの文化財(37) 八鹿能舞台
 

   八鹿文化会館に組み立てた八鹿能舞台     養父郡公会堂で行われた大正13年の能


平成13年10月、第1回八鹿観世能が八鹿文化会館で開催され、そして第2回が養父市発足を記念して平成16年12月に実施されました。いずれも観世流の三世、観世喜之氏(重要有形文化財総合指定保持者)を招聘して演じられました。
この八鹿観世能では、組み立て式の八鹿能舞台を利用することが特徴です。この能舞台は明治43年、八鹿村長を勤めたこともある西村荘兵衞氏が、大正13年に初代観世喜之氏の指導を得て妙見山のヒノキで製作しものです。大正12年に竣工したばかりの養父郡公会堂で初めて組み立てられ、能「羽衣」「高砂」が演じられました。
西村氏は八鹿に謡曲愛好会「清鐘会」を作り、観世氏らを招いて月に数度の例会を重ね、昭和12年には200回記念の能を、この八鹿能舞台を利用して演じました。
さらに戦後になると、昭和30年に豊岡小学校体育館、昭和35年に豊岡高等学校で能舞台が組み立てられ、二世観世喜之氏によって能が演じられました。また昭和42年には養父郡公会堂で、この能舞台を使って能が行われました。
この由緒ある八鹿能舞台を保存活用するために八鹿能舞台保存会(会長田村忠夫氏)が作られました。長らく倉庫に埋もれていた能舞台を再生し、平成9年10月2日、保存会と八鹿公民館によって八鹿能舞台が八鹿文化会館ホールで初めて組み立てられました。
三間四方の舞台で、正面横には地謡座、舞台の後ろには松を描いた鏡板、橋掛かりなどを備えた本格的で立派な能舞台です。平成13年に開催された第1回八鹿能は、昭和42年から34年ぶりに、八鹿能舞台を利用した復活公演となりました。
平成19年10月20日(土)兵庫県が推進する県民芸術劇場「八鹿能」が八鹿文化会館で開催されます。八鹿能舞台は、83年間も但馬の能楽の中心施設として利用されてきました。但馬を代表する大変重要な「ひのき舞台」です。

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