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まちの文化財(169) 蚕霊碑と針塚

まちの文化財(169) 蚕霊碑と針塚

  
   蚕霊碑と針塚の石碑                  開校記念の石碑     

           
兵庫県立但馬農業高等学校のグランドの東側に2基の石碑があります。一つは正面に「蚕霊碑」と書いた石碑で、側面に「大正十五年三月建之、本科第弐七回卒業生」の文字があります。県立蚕業学校で養蚕を学んだ生徒の卒業記念品であり、学校の誇りを示す蚕業学校を象徴する石碑でした。
もう一つは「針塚」と書いた石碑です。石碑は県立蚕業学校女子部の入口に設置された大正時代の石碑です。県立蚕業学校長西谷忠雄氏と女子部山村ケイ先生の時代、女子部の教育は養蚕と裁縫で、婦徳の修養や作法を厳しく教えました。針塚はその象徴でした。
山村先生は、昭和天皇の皇后が成婚される前に教育係を務められた方です。
西谷校長は、明治43年に就任し大正14年まで在職して蚕業学校の基礎を築きました。明治4年に生まれ、山陰義塾や神戸師範学校・バルモワ英学院で学び、明治34年東京帝国大学農科大学を卒業し、農業教育に尽力しました。校長退任後には村岡村長を務めました。
県立但馬農業高等学校は、県立八鹿高等学校の普通科を除く農業科・畜産科・生活科の3科と県立豊岡農業高等学校を統合し、昭和51年に県全域を学区として創立しました。創立にあたって県立蚕業学校の本科(男子部)と女子部を象徴する石碑が移転されたもので、県立蚕業学校の伝統と精神を継承し、農業教育の未来を開くという強い願いが託されています。
昭和53年、開校記念として文部大臣砂田重民氏による「忍」の石碑が設置されました。「当校に農業を学ぶ生徒の但馬の農業を守り育てる先人におとらざる飛躍発展のため時に忍び耐えることの大事を心のよりどころと願い」、第1回生卒業記念碑として建立されています。
 

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