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まちの文化財(125) 国木とが山古墳群

まちの文化財(125) 国木とが山古墳群

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    八木川対岸からみたとが山古墳群       但馬農高からみたとが山古墳群

但馬農業高等学校の南東に広がる尾根上に国木とが山古墳群があります。昭和49
上山古墳(かみやまこふん)1基・とが山古墳群18基、合計19基が兵庫県指定文化財になりました。

上山古墳は標高135の山頂にあります。全長42mの前方後円墳で、測量調査による形状分析から、築造時期は5世紀後半から6世紀前半と推定されています。

上山古墳は養父市内で唯一の前方後円墳です。現在の所、養父市の大屋川水系や円山川水系では発見されていません。

前方後円墳は、日本を治める首長たちが連合した結果として出現した特別な古墳だという説があります。北は岩手県奥州市角塚古墳から南は鹿児島県肝付町塚崎古墳まで、日本の広い範囲に分布しています。

前方後円墳の最大の特徴は、上からみた形が長方形と円形を組み合わせた前方後円形であることです。古墳の表面には、葺石(ふきいし)や埴輪(はにわ)を置きます。朝来市の池田古墳は埴輪と葺石をもつ但馬地方最大の前方後円墳です。養父市の上山古墳には、葺石はありますが埴輪はありません。豊岡市の見手山古墳は埴輪も葺石も作られていません。但馬地方には、14基の前方後円墳がありますが、北側ほど埴輪が減少します。

つまり奈良県や大阪府を中心に発展した前方後円墳が、南但馬から北但馬へ広がる中で、埴輪や葺石といった外表施設の設置が省略されたと考えています。

上山古墳の下側には、18基の古墳が細い尾根に連続して作られています。この人たちの集落の候補地は、八鹿氷ノ山インターの建設工事で発見された高柳ナベ遺跡です。発掘調査によって、古墳時代の竪穴住居跡が発見されています。
上山古墳は養父市内で唯一の前方後円墳です。なぜか、養父市の大屋川水系や円山川水系では発見されていません。高い山の上から米里、髙柳地域を見守っています。


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