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まちの文化財(117) 上垣守国と養蚕秘録

まちの文化財(117) 上垣守国と養蚕秘録
座繰り製糸を実演する大屋小学校の養蚕見学
      座繰り製糸を実演する           大屋小学校の養蚕見学

上垣守国は、江戸時代後期、宝暦3年(1753)に大屋町蔵垣の養蚕(ようさん)農家に、3人兄弟の長男として生まれました。養蚕研究者であり、養蚕を教える養蚕教師であり、蚕種(さんしゅ、かいこの卵)を販売する実業家でもありました。
明和7年(1770)、18歳の時、上垣守国は初めて群馬県伊勢崎市にある境島村に蚕種の買い付けに行きました。ここで奥州福島産のものが優れていることを教えられ、福島県伊達市の黒伏村で蚕種を仕入れました。境島村は、明治初期に田島弥平が活躍する有名な養蚕地帯です。
上垣守国は、福島県・群馬県・長野県や滋賀県などを訪問し、養蚕技術の交流や研究に努めました。『養蚕秘録』には奥州流(福島県)・関東辺(群馬県)・信州流(長野県)・江州流(滋賀県)・但馬丹後丹波(北近畿)の養蚕方法が詳しく図に描かれています。上垣守国は福島県伊達市黒伏村に行く機会を利用して、全国の養蚕を研究しました。
上垣守国の『養蚕秘録』は、享和3年(1803)出石藩の支援を受けて出版されました。明治30年(1897) に創立した兵庫県立蚕業学校(養父市八鹿町にある八鹿高等学校や但馬農業高等学校の前身となる学校)の教科書にも使われました。『養蚕秘録』は、100年間も養蚕の教科書として発刊され続け、日本の近代養蚕業の基礎を作りました。
かいこの里交流施設・上垣守国養蚕記念館では、平成26年6月4日から8日まで「かいこウイーク」が行われました。桑の葉を食べる蚕の飼育の状態について説明があり、繭を湯でほぐしながら糸をとる座繰り製糸の実演があるなど、養父市の昔の生活の姿が再現されました。養蚕は、技術を受け継ぐ人間がいて初めて見学できる世界的な遺産です。

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