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まちの文化財(105) 宿南の掃部狼婦物語

まちの文化財(105) 宿南の掃部狼婦物語
掃部屋敷にある石碑宿南城と麓の掃部屋敷
      掃部屋敷にある石碑          正面の山が宿南城 麓に掃部屋敷

宿南には、掃部狼婦(かもんろうふ)物語という狼伝説があります。

掃部というのは、高木掃部(かもん)という人物の名前です。狼婦(ろうふ)というのは、掃部の妻となって恩返しをする女性の姿に化身した狼のことで、この物語の主人公です。

物語は、室町時代初めから始まります。宿南に宿南光政という殿様がいました。この殿様に、田垣豊信という人が家臣になりました。その孫の田垣掃部の時、屋敷に大きなケヤキがあったことから、はじめて高木掃部と名のるようになりました。

高木掃部の妻の名前を綾といいました。ある日、綾は三谷の山に桜の花見に出かけました。三谷に行く途中で、落とし穴に落ちていた2匹の子連れの狼を発見し、助けてやりました。

その後、綾が病気で亡くなります。綾が助けた狼が人間の女性に化身して、高木掃部の妻となって高木掃部を守って恩返します。狼が人を助けるという物語です。

このような内容の掃部狼婦物語は、現代風にいうと歴史小説になります。この物語は、江戸時代後期に作られた読本(よみほん)の一種です。物語の中に、史実と虚構が組み合わされていることが特徴です。

宿南の川東区には、掃部屋敷という地名があります。ここには、石碑があります。表面には「掃部之塚」、裏面には「明治廿二年十一月建立」の文字が彫られています。

掃部屋敷には、明治の初めまで神社がありました。祭日には、出店もならんで賑わったと言われています。「はやり病」が起こった時には、養父神社にある山野口神社から神社を分社してきました。山野口神社は「狼の社」(おおかみのやしろ)と言われ、病気平癒を祈願する神社です。ここにも狼にまつわる伝説があります。

 明治時代中期に日本狼は、絶滅しました。しかし全国各地には、狼伝説があります。狼は人を襲うこともありましたが、人を助ける賢い動物でもありました。掃部狼婦は、全国にも珍しい長編の狼物語です。

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