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まちの文化財(96) 養父という地名

まちの文化財(96) 養父という地名

養父神社の入口 9602
       養父の地名もつ養父神社         口米地付近を流れる円山川

「養父市のやぶという地名は、なぜ、やぶといいますか」という質問がありました。

養父の地名は、大変古くから使われています。奈良時代、天平9年(737)に書かれた『但馬国正税帳』には「養父郡養父神」の文字があります。養父神は養父神社のことです。また霊亀3年(717)以前に成立したという『播磨国風土記』には、「夜夫郡(やぶぐん)」という漢字で地名が表現されています。 つまり、養父や夜夫という漢字が使われていました。

奈良の都である平城宮跡の発掘調査で発見された木簡(板でつくった荷札)に、「但馬国養父郡老佐(小佐)郷、赤米五斗、村長、語部広麻呂」の文字が墨で書かれていました。これは天平勝宝7年(755)5月、小佐に住む語部広麻呂という人が、奈良の都に赤米を送ったことを示す木簡です。

また平安時代に作られた漢和辞書や百科事典の要素をもつ『和名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)』には、養父郡に10の郷が書かれています。糸井・石禾(いさわ)・養父・軽部(かるべ)・大屋・三方・遠屋(建屋たきのや)・養耆(八木)・浅間・遠佐(小佐おさ)です。 つまり1300年以上も昔の飛鳥時代から養父という地名が使われていました。

『和名類聚抄』では肥前国に養父郡養父郷があり、三河国と近江国にも養父郷があります。『肥前国風土記』は、犬がほえるのをやめたので「やぶ」となったと伝えています。珍しい地名ですが、 養父市以外でも、全国的には養父という地名があります。

大薮には禁裡塚古墳など4基の大型古墳があります。古墳は円山川中流域を治めた豪族のお墓です。養父という土地に住む氏族を守る神社が養父神社であり、その氏族が大薮の古墳を造ったという説があります。

現在、「やぶ」という地名や施設は、養父市場・大薮・薮崎・養父神社・養父小学校など、円山川付近にあります。漢字をみるとススキや草木が繁る「薮」を示す字も使われています。「やぶ」の地名は、円山川の景観を表した地名であると推定しています。 

 

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