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まちの文化財(92) 別宮家野遺跡

まちの文化財(92) 別宮家野遺跡

別宮家野遺跡 9202

  縄文人が住んでいた別宮家野遺跡         ハチ高原にむかう道路で発見

養父市にある地名で、別宮、鉢伏、杉ヶ沢を並べると何を想像するでしょうか。スキー場でしょうか、大根などの高原野菜でしょうか。実は、この場所は縄文時代の遺跡が密集する兵庫県下でも重要な高原地域なのです。

1万年以上も昔、縄文時代の初期に人間が土器を発明し、生活のために土器を使うようになりました。縄文土器は、現在の鍋のように利用され、植物を煮て食べることができるようになりました。

この時代の遺跡が別宮家野遺跡です。昭和44年、郷土史家の高松龍暉氏によって見されました。昭和45年と昭和46年に関宮町教育委員会が発掘調査を進め、昭和47年に兵庫県指定文化財となりました。 当時は、奈良県の大川遺跡、大阪府の神宮寺遺跡とならぶ縄文時代早期の大変貴重な遺跡といわれました。

遺跡は別宮の小さな丘の上にあります。ハチ高原に通じる市道の南側にあって、多くの観光バスが遺跡の前を通過します。知る人は少ないですが、第一級の文化財です。

別宮家野遺跡の年代は、今から約1万年前にあたる縄文時代早期前半、、兵庫県の縄文遺跡では最古のものの一つです。標高は690m、住居跡とみられる柱穴が発見されています。

特に土器には、縄文時代早期を代表する押型文という文様が多数発見されました。さらに押型文は、その文様の形によって特殊菱形文、山形文、格子目文などに細かく分かれています。縄文人たちは、海岸部ではなく但馬の山岳地域を生活の拠点にしました。
食料では、炭になったクルミやカシの実が出土しました。そして木の実などを加工する磨石や叩石と呼ばれる石器が250点も出土しています。食料は、植物が中心であることが分かります。ほかにも矢の先端につける石鏃(せきぞく)も出土しています。

別宮家野遺跡は、兵庫県最古の縄文遺跡として、兵庫県指定文化財になりました。そして兵庫県を代表する高原地帯の縄文遺跡となっています。そして兵庫県でも最初に縄文人たちが活躍した場所です。但馬地方の山岳地域に栄えた縄文文化を現代に伝える貴重な証拠です。

 

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