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まちの文化財(90) 満福寺の観音堂

まちの文化財(90) 満福寺の観音堂

観音堂 9001
    満福寺の観音堂                 丹波中井正貞の彫刻

広谷町の北側に標高260mの新宮山があります。この山の標高215mの位置に満福寺観音堂があります。現在の満福寺から350mほど山を登った場所です。 ここは室町時代に、但馬地方の日下部一族という武士たちの信仰を集めて、満福寺が栄えた場所です。

この観音堂の幅は、正面が3間(長さ12.3m)、側面が4間(12.3m)の大きな建築です。そして正面には一段前に張り出した向拝があります。

この向拝に養父市の寺院の中でも、大変立派な彫刻があります。

屋根の直ぐ下には鳳凰(ほうおう)、屋根を支える桁材(けたざい)の上には、獅子が歯を噛んでいる表情を彫刻した獅噛(しかみ)、その下には、龍の彫刻があります。大きく口をあけて玉を握る龍の彫刻には躍動感があります。龍の下にある虹梁(こうりょう)には、池の水を表す波を彫刻し、龍の上にある桁には雲を彫っています。つまりこの彫刻は、池から昇った龍が天空に舞う姿を表現しています。

向拝の柱の正面には、口を開けた獅子と口を綴じた獅子がいて、阿吽(あうん)の呼吸を示す彫刻となっています。そして柱の側面には長い鼻と牙をもつ漠が彫刻されています。その他にも花を浮き彫りした彫刻もあります。

この龍の彫刻には作者の名前が刻まれています。文字は「彫物師、丹州栢原(かいばら)町住人、青龍軒(せいりゅうけん)中井権治、正貞」です。

中井正貞は、丹波柏原藩のお抱え彫刻師です。大杉の二宮神社本殿、関宮の関神社本殿、日高町の進美寺観音堂などが中井正貞の彫刻です。龍の彫刻を得意としたことから青龍軒とも名乗りました。中井正貞は、中井家の当主の中でも特に優れた彫刻師です。

満福寺の観音堂は文政8年(1825)に建てられています。この2年後、文政10年には進美寺観音堂が作られました。江戸時代後期、但馬から丹波地方の社寺建築を飾る優れた彫刻師として、中井正貞が活躍しました。中井正貞の円熟した彫刻は、大変見事です。 

   

 

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