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大庄屋記念館の概要と外観

大庄屋記念館の概要と外観

大庄屋記念館の建造物


 養父市立大庄屋記念館は、養父市小城集落の裏山の高台にあります。江戸時代後期に出石藩の大庄屋を勤めた長島善右衛門の時代に母屋が建てられたと考えら れることから、大庄屋記念館という名称がつけられました。敷地と建物は養父市が寄贈をうけて、建物にふれることで昔の生活が体験できる大庄屋記念館として います。

 長島家住宅は、明治から大正時代にも発展し客殿の増改築が進められました。このため現在の屋敷は、大正時代に最盛期を迎えた豪農の住宅として整備されて います。昭和30代以降の現代的な改修をうけることなく、無傷な状態で保存されていますので、養父市指定文化財となっています。
 
丘の上の長島家住宅です

丘の上の長島家住宅です

正面突き当たりが管理棟

正面突き当たりが管理棟です。
受付をしてください。



 昭和49年11月に養父町民俗資料館として開館しました。平成16年4月に養父市に合併したことから市立大庄屋記念館に名称を変更しました。

 但馬でも最初に開館した民俗資料館であり、開館して32年になります。敷地、建物、石垣、景観などはどれも本物の豪農住宅としての重みが伝わってきます。
 
 大庄屋記念館の管理棟は母屋よりも一段下の敷地にあります。管理棟の事務室で最初に受け付けをしてください。

大庄屋記念館の敷地

 
 長島家住宅は3,700平方メートルもある広大なもので、敷地は上段・中段・下段の3段となっています。下段には現在は管理棟(受付事務室)があり、中段には母 屋・客殿・土蔵、上段には納屋・物置があります。また中段の母屋と上段の納屋の間には帯の段があり、地神の社があります。また庭園は表座敷前にある母屋の 庭園、客殿横にある裏庭園、さらに母屋の西方の庭園と3箇所にあります。
石垣
石垣
入口谷川沿いの高い石垣


 
谷川上流の砂防堰堤

谷川上流の砂防堰堤

谷底の床固工法

底の床固工法



 石造りの施設に注目すると、下段から中段にあがる母屋の玄関に続く登り石段、中段の土蔵前から上段の納屋に続く直線的な登り石段があります。また土蔵前には防火用水を兼ねた長方形の石積みの池があります。
 特に母屋・客殿の東側の谷川沿いには高さ10mもある石垣が積まれています。石垣には日本の伝統である隅角部がなく、緩やかなカーブを描いて石垣ライン が形成されています。これは西洋風の石垣をモデルにして築いた珍しい石垣工法で、明治期に築かれたものです。さらに谷川には谷底が掘れないように石材を敷 き詰めた床固工法を採用しています。またこの谷川のすぐ上流には砂防堰堤もあります。セメントを利用しない石積み技法で作られた大正期の貴重な土木遺産で す。初期の堰堤として大変貴重な遺構です。
 長島家住宅の価値は次の3点です。第1に丘の高台に築かれた石垣と土塀で囲まれた屋敷全体の景観が大庄屋の風格をつたえて大変な迫力があります。第2に 幕末・明治・大正に使われた建物が現代的な改修をうけずに完全に保存されており、豪農の生活空間をよく伝えています。第3に屋敷内外を形成する石垣や屋敷 内の登り石段、谷川の床固め工法や堰堤などが近代土木遺産として大変貴重なものです。こうした3点の特徴を合わせた長島家住宅は他に類似する建物はなく、 兵庫県を代表する優れた歴史的文化遺産であり、歴史的建造物です。


 
3棟続いた土蔵と池

3棟続いた土蔵と池

敷地最上段に作られた納屋

敷地最上段に作られた納屋



 石垣と土塀で屋敷全体が取り囲まれた景色は武家の屋敷を思わせるようなダイナミックな力強さがあります。石垣は明治時代に改修して現在の姿になりました。長島家住宅は、江戸時代末期から大正時代にかけて建てかえ整備されて現在の姿になりました。部屋数21室、風呂2か所、便所5か所、付書院の部屋も4部屋あります。


 
管理棟の前から玄関を見る

管理棟の前から玄関を見る

裏側から見た母屋と客殿

裏側から見た母屋と客殿