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まちの文化財(58) 大徳山はなぜ大徳山

まちの文化財(58) 大徳山はなぜ大徳山

広谷からみた大徳山


絶壁の上にある蔵王権現の石像



大徳山は広谷からみると三角形をした美しい山です。標高は555mもあります。しかし国木からみると山脈が連続して、三角形にはみえません。養父地域側と八鹿地域側では全く山の表情が違ってみえます。
「大徳山は、なぜ大徳山と呼ぶのですか」という質問がありました。一般的に大徳の文字には徳の高い僧という意味があって、仏教に関係した言葉です。 実は、大徳山の山頂から南側に少し下がった場所に3段ほどの平坦地があります。ここには仙源寺という地名がついており、寺院があったようです。大徳山とは、もともと仙源寺に関係する地名とも考えられます。
またこの場所の一段下側の先端部には、岩場の上に江戸時代に作られた石仏が置かれています。石仏は幅37cm、高さ81cmの石材に彫られた、高さ46cmの蔵王権現の石像です。この場所は、下からみると高さ50m以上もある切り立った岩盤の絶壁となっています。現在は樹木が茂っていますが、大変な絶壁です。この場所は、山伏などの修験者が修行する場所であったと伝えられています。大徳山とは、山伏が修行をする場所を示す言葉とも考えられます。
また左近山には地蔵堂があります。地蔵堂から山側にかけての地名を大徳といいます。大徳山とは、この大徳という地名に由来してつけられた山の名前とも考えられます。それは、左近山にしか大徳という地名がなく、大徳山への登山道が左近山から始まるからです。また八鹿側の米里では、4月8日に大徳山に登って満福寺を参拝して帰ってくる行事があったといいます。
いずれにしても現在の大徳山山頂は、緩やかに傾斜する自然地形です。特別な造成地は認められません。そこには広谷小学校と浅野小学校の小さな登山記念碑が置かれています。なぜ、人々は大徳山を大徳山と呼ぶのでしょうか。本当の理由は今もよく分かりません。大徳山は、広谷から見上げると本当に美しい山です。

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