CSS3を利用できるブラウザでご利用ください。 Please Use Web Browser support for CSS3. ( >= Firefox3.5 Safari4 Opera10)

まちの文化財(53) 井垣城跡

まちの文化財(53) 井垣城跡

稲津から見た井垣城


井垣城跡



兵庫県立考古博物館(兵庫県加古郡播磨町)が、平成20年11月から平成21年3月初旬まで養父市浅野にある井垣城跡を発掘調査しました。平成23年度完成予定の北近畿豊岡自動車道の建設工事予定地内に遺跡があることから、約2,600m2を調査したものです。
1月24日、発掘調査の現地説明会がありました。しかし雪のふる悪天候のために会場は浅野校区公民館に変更しました。約50名が熱心に説明を聞きました。
井垣城跡では3種類の遺跡を発見しました。第1は井垣城です。山頂の山城を敵から防御するために作った曲輪(オビグルワ)という幅2mほどの細長い曲輪が2段に、2重に取り巻いていました。付近には稲津城・城ヶ原城・十二所城などがあります。天正5年と8年に羽柴秀吉・羽柴秀長が但馬に攻めてきます。井垣城は付近の山城と連携してこの地域を防衛した重要な城郭でした。
第2は弥生時代終末期(3世紀中頃)のお墓です。邪馬台国があって女王卑弥呼が活躍した時代です。一つは土器棺で、高さ80cmほどの壺を横たえて棺に利用したお墓です。また長さ170cmほどの大人を埋葬した木棺の跡もありました。この時期のお墓は市内では3カ所目、約20年ぶりの貴重な発見です。
第3は明治時代まであった神社の跡です。柱を立てるための礎石が発見されました。礎石は9間×2間、2間×4間の大規模な建物です。当初は井垣城の一部でしたが、後に神社となって相撲や餅まきが盛大に行われました。
井垣城の場所は、養父市浅野・大坪・稲津の境界になります。なぜ村境に重要な遺跡が作られたのか分かりませんが、貴重な先人の足跡が発見できました。

 

次のページ 前のページ