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まちの文化財(26) 養蚕農家住宅の調査

まちの文化財(26) 養蚕農家住宅の調査

ウダツが上がる養蚕農家


バッキが上がる養蚕農家



平成18年8月1日から5日まで養父市の全域を対象に、三階建て養蚕農家住宅の現地調査を近畿大学建築学科の協力をえて実施しました。聞き取り調査では約500軒の住宅を訪問して、建築年代や大工さんの氏名などをお尋ねしました。ご協力、本当に有り難うございました。
正面からみて一階、二階、三階という形で窓が連続する建物を三階建て養蚕農家と呼んでいます。養父市には約490棟ありました。この他にも正面には三階の窓がなくても側面には大きな窓がある場合や、外観は三階建てですが、内部を見学させていただくと四層になっている養蚕住宅も拝見しました。
三階建て養蚕農家の特徴が少しずつ分かってきました。第一は円山川流域には比較的少なくて、高柳から上流の八鹿・関宮地域、そして浅野から上流の養父・大屋地域に集中していることです。
第二は、新築された三階建て養蚕農家は、昭和初期から昭和30年代に建てられたものが多いことです。養父市の大工さんが完成させた建築様式でしょう。明治末期に二階建て茅葺き住宅を、瓦葺き三階建て住宅に改修して始まったと言われてきましたが、当初から新築の三階建て住宅もあつたかもしれません。
三階建て養蚕農家は、八鹿地域では高柳・八木、養父では畑・浅野・伊豆、大屋地域では夏梅・大杉・蔵垣・筏・若杉・糸原・宮本・和田、関宮地域では三宅・大谷・中瀬・安井・外野・丹戸・別宮などで多く見られました。
養父市は昭和40年代まで大変養蚕が盛んでした。畑地区では養蚕のために播磨から季節労働の応援を集落単位で頼んでいました。一軒で百貫目をこえる繭を出荷した家も拝見しました。三階建て養蚕農家住宅は、近代化遺産や産業遺産としても日本の建築史を代表する優れた住宅です。養父市らしい農村景観を作っている素晴らしい財産として、養蚕農家を見直す必要があります。

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