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まちの文化財(23) 三宅の大仏

まちの文化財(23) 三宅の大仏

三宅の阿弥陀如来立像


仏像のある大宝閣



関宮地域の三宅区には、大宝閣(たいほうかく)と呼ばれるお堂があります。4間(約8m)四方の瓦葺きのお堂です。
この建物の天井は、桂材で四角形に50cmほどの区画に小さく区切った格天井(ごうてんじょう)となっています。この区画の一つひとつに、十六羅漢や草花の絵が描かれています。これは、八鹿町高柳に住んでいた明治時代の画家・小林礫川の絵です。
このお堂の中に阿弥陀如来立像があります。高さ1.1mの台座の上に、高さ3.5mの阿弥陀如来立像が置いてあります。地元では「おおぼとけさん」、「あみださん」と呼ばれています。
大宝閣復興帳という文政元年(1818年)に書かれた古文書があります。明和の頃まであった阿弥陀如来坐像が朽ちて面像だけが残ったので、村で講を結んで、京都の仏師庚雲(ぶっしこううん)に依頼して、文政元年に立像が完成したと書かれています。元々は三宅の耳堂(みみんどう)にあったジョウガンジの本尊だという伝承があります。これは、八木氏菩提寺の常光寺であると考えられています。
県立歴史博物館学芸員は「金色の塗装のために細かい観察はできませんが、顔の形や表情は、平安時代後期の仏像の特徴が見られます。坐像の仏像を改修して、現在の阿弥陀仏の立像に作り直したものです。頭部だけは保存状態が良かったのでしょう。平安時代の仏像をもう一度、利用しました。つまり頭部と体で作成年代がことなる珍しい仏像なのです。190年前の仏師の仏像に対する思いやりを感じます」と解説します。
古い阿弥陀如来坐像の胸や腕などの体も朽ち木仏として、お堂の中に保存されています。江戸時代に修復された仏像ですが、但馬でも最大級の木造の仏像です。

 

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