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まちの文化財(8) 養父神社の狼像

まちの文化財(8) 養父神社の狼像

雄の狼像


雌の狼像



養父神社に初詣に行かれた人も多いことでしょう。養父神社の拝殿の前に、尻尾を高く上げた狼の石像があることをご存じでしょうか。
二対の狛犬が並んでいるように見えますが、一対は明治26年(1893)に建立された狼の石像です。口を開けているのが雌で、閉じているのが雄です。
日本狼は明治38年(1905)に絶滅しましたが、養父神社には石像として残っています。田畑を荒らす猪や鹿から作物を守る益獣として、狼を守り神にしています。
今から190年前、文化11年(1814)、伊能忠敬は養父市内を測量しました。旧暦の正月16日の測量日記には「但馬国養父郡出領、養父市場村出立。藪大明神前、(社)印迄、五町四十五間。神前迄三十間。式内夜夫坐(しきないやぶいます)神社」とあります。70歳の伊能忠敬は真冬の雨の日に、養父神社を訪問しました。
話は変わりますが、徳川家康の旗本になった朝倉氏と八木氏が、江戸幕府に提出した系図が残っています。そこに朝倉高清と養父神社の係わりが書かれています。
鎌倉時代の関東に、大きくなると210cmを越える白猪が暴れていました。源頼朝は、朝倉高清にこの白猪退治を命じました。そこで但馬に帰って7日間、養父神社にこもって祈願し、神前から鏑矢(かぶらや)をもらいました。この矢で白猪を退治して、源頼朝の家来のなれたという話です。
暴れまわる白猪は、狼が守る養父神社から授かった矢の霊力によって退治することができました。狼は、養父神社では今も田畑の作物を猪や鹿から守る良い獣なのです。
グリム童話「赤ずきん」に出てくる狼は、人間をたべてしまう怖い狼ですが、養父神社の狼は人を助ける神様の使いなのです。

 

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