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まちの文化財(7) 馬瀬奥ヶ口1号墳

まちの文化財(7) 馬瀬奥ヶ口1号墳

発掘調査の様子


古墳の溝を発掘する



長さ1560mのトンネルを掘って日高町知見から養父市八鹿町馬瀬までを結ぶ、延長2770mの知見八鹿道路整備事業に伴う工事用道路の建設が進められています。
今から190年前に伊能忠敬の測量隊(永井隊)がこのルートを測量しました。文化11年(1814)1月、伊能忠敬は日本地図を作るために養父市を訪れました。
測量日記には「正月18日、昨日より雪、今朝も降る、午後止む、晴天」とあります。この日、高柳村を出発して栂坂峠から九鹿村に入り、そして馬瀬村から知見坂峠をこえて知見村まで測量しました。
このルートを通る道路の建設工事に伴って、養父市教育委員会は埋蔵文化財調査を実施しました。馬瀬熊野神社の東側150mの位置に奥ヶ口1号墳があります。
古墳は標高119mの小高い尾根上に作られたもので、規模は東西14m、南北9mあります。山側に溝を掘って区画する円墳です。古墳からは鉄製の大刀(たち)が出土しました。他にも須恵器(すえき)の杯身(つきみ)、短頸壺(たんけいこ)とよばれる土器などが出土し、6世紀中頃に作られた古墳であることが分かりました。
また、古墳の山側斜面で10体の石仏が並んで発見されました。16世紀の作られた板碑形式といわれる石仏です。
ほかにも熊野神社の北側に一ッ栗古墳があります。この付近で新しく4基の古墳が見つかりました。ここから上流の石堂・中村では古墳が見つかっていません。
私たちの祖先が土の中に残した生活の痕跡を、埋蔵文化財と呼びます。1500年も昔に人々が生活した証拠が古墳です。

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