CSS3を利用できるブラウザでご利用ください。 Please Use Web Browser support for CSS3. ( >= Firefox3.5 Safari4 Opera10)

まちの文化財(5) 平家が城跡

まちの文化財(5) 平家が城跡

平家が城跡休憩所、城跡は中央上部


城のある岩盤

 

 



大屋川の源流は、横行渓谷にそって氷ノ山まで続いています。この横行集落からさらに2.8kmほど林道を入った所に、平家が城跡休憩所という建物があります。
この休憩所から見て東側にある岩盤の丘が平家が城で、道からの比高差は60mほどあります。頂上は最大幅15mほどに平坦な岩盤で、南側に向かって高さ8mの岩盤がせり出しています。ここが城の中心部です。
城跡の後ろ側は、幅8mの堀切(ほりきり)で尾根から切り離し、堀切の端は竪堀(たてぼり)となって下に続きます。西端は休憩所の前の渓流に合流し、東端は一の堀の滝に合流します。一つの曲輪(くるわ)を一つの堀切で守る簡素なものです。
横行きの小林寿万雄さんは、「平家が城から1.2kmくだった所に、みてが城があります。ここに見張りをおき、旗を立てていました。その旗が倒れると敵の源氏が攻めてきた合図です。味方の不注意で旗がたおれました。平家が城にいたお姫様は、敵に攻められたと思い、城の下を流れる川に身をなげました。ここを姫が淵と呼びます」と現地で解説しました。
平家が城は自然地形の可能性もありますが、天正5年(1577)頃の山城の特長を備えています。また、みてが城にも登りましたが城郭とての遺構は発見できませんでした。
この後、平家の家名を後世に伝えるために6人の侍が横行きに住んだと言われています。この横行集落ではこの場所を六軒屋敷と呼んでいます。但馬には35か所に平家の落人伝説があります。しかし平家の落人のかかわる城跡の伝承を受け継いでいる地区は、大屋町横行だけです。
秋の紅葉の季節に、ぜひ平家が城跡休憩所に立ち寄ってみてみてください。

次のページ 前のページ