CSS3を利用できるブラウザでご利用ください。 Please Use Web Browser support for CSS3. ( >= Firefox3.5 Safari4 Opera10)

青谿書院

青谿書院
青谿書院の写真

幕末から明治の初めにかけて但馬聖人・池田草庵が開いた漢学塾。草庵は、朱子学と陽明学を融合した独自の学問に、さらに修養を重んじた教えを説き、門人たちと起居をともにし、弟子の教育に没頭しました。

教えを慕って入門した門人の数は、明治11年に亡くなるまで、全国30ヵ所から673人にのぼり、日本の近代化を担った多くの人材を教育しました。

日本金融界の基礎を築いた原六郎や日本近代眼科の父・河本金次郎、東大総長を2度つとめた浜尾新、琵琶湖疏水を開いた北垣国道などが知られています。

「青谿書院資料館」には、草庵の遺品、著書をはじめ、関係資料を数百点展示しています。

DATA 青谿書院保存会
TEL:079-662-4378
住所:兵庫県養父市八鹿町宿南171
池田草庵

但馬聖人 池田草庵文化10年(1813)に養父市八鹿町宿南の農家に生まれた草庵は、10歳で母を12歳で父を亡くし、広谷村の満福寺に入山して修行をはじめました。その後、18歳で寺を出て、京都の相馬塾に入門。1年足らずで塾頭になった草庵は、30歳にして帰郷し「青谿書院」を開塾。
66歳で亡くなるまで、多くの門人を教育しました。