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まちの文化財(156) 青山の大蔵神社

まちの文化財(156) 青山の大蔵神社


「鯉の滝登り」を表した彫刻


向拝にのこる龍の彫刻

宿南に青山集落があります。青という文字には緑色の意味があります。青山という地名は緑の木々が茂った美しい土地という意味であり、春の新しい新緑を青葉と呼びます。
この青山集落に大蔵神社があります。本殿の屋根は入母屋造(いりもやづくり)で、正面に千鳥破風(ちどりはふ)と唐破風(からはふ)がついた立派な一間四方の構造です。
本殿には「鯉の滝登り」を表した彫刻があります。鯉にのった琴高(きんこう)は、中国の周の時代の琴の名手です。黄河の上流にあるという滝を登り龍門を通ると、鯉は龍となり、琴高は仙人になったという伝説です。「鯉の滝登り」は鯉のぼりのルーツとなった物語であり、神社彫刻でも時々採用されます。
また、本殿の唐破風の正面には、雲の間を飛ぶ龍の彫刻があります。その彫刻の上に獅子噛(しかみ)の彫刻があります。さらにその前方には鳳凰の彫刻があります。彫刻を重ねて豪華にみせる技法であり、彫刻の構成は大杉の二宮神社本殿と同じです。
彫刻師は嘉永年間から明治時代前半に活躍した秋塚広貞です。彫刻の一部に「彫工師豊岡住、秋塚法橋廣貞」の文字が彫られています。法橋(ほうきょう)は彫刻師や絵師の位を示す尊称です。
養父市の社寺建築の彫刻師は、江戸時代後期から明治時代にかけて丹波市柏原町の中井権次(ごんじ)の一門、大正時代から昭和時代には姫路市飾磨区の松本義広の一門が活躍します。これに対して、秋塚広貞は、豊岡市小田井町に住んだ但馬を代表する、知る人ぞ知る彫刻師です。但馬の彫刻史を代表する人物であり、突然現れる謎の多い彫刻師です。

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