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まちの文化財(154) 大屋市場の村絵図

まちの文化財(154) 大屋市場の村絵図


大屋市場の村絵図


大屋市場の町並み

明治4年1月に製作された大屋市場の村絵図があります。大屋市場の社寺、道路、町屋、河川、田畑などを細かく描き、大屋市場を中心に一部は糸原、加保、山路を含む広い範囲を記録しています。
町の中には上町・中町・下町・小路の名称があります。幹線道路の中央に水路が流れ、道路は直角や鈍角に折れています。
絵図は、耕地や宅地、河川などは上から見た土地区画を示す測量図となっています。しかし、遠くに見える山の形は大和絵のような風景描写になっています。作図者は大屋市場から依頼された衣川吉右衛門正保です。
この図面から大屋市場の町割りを見ると、江戸時代中期に出石藩が大屋地域の経済流通の拠点として整備したと思われる人工的な都市計画や都市整備の痕跡が認められます。大屋市場の地形や江戸時代の土地利用が分かる貴重な資料です。
出石藩の資料では江戸時代後期、大屋市場の家数は98戸、人数は561人、鉄砲は7丁あります。定期市は6月15日から18日、7月6日から11日、12月21日から25日、年3回開かれました。
現在利用している地籍図などの測量図は、明治6年7月の地租改正条例によって作成が求められ、明治8年6月当時の豊岡県が各集落の測量図を検査して完成しました。現在の地籍図もこれが原本となっています。養父市内の地籍図の原点は、明治8年6月に完成した測量図となります。
大屋市場の村絵図は、現在の地籍図の原点となる明治8年製作の測量図と同じ手法で描かれており、養父市最古の近代的な村絵図として注目しています。

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