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まちの文化財(147) 高柳小学校の滑空機

まちの文化財(147) 高柳小学校の滑空機

翼を広げた飛行機
翼を広げた飛行機

展示された飛行機
展示された飛行機

平成28年11月20日、高柳地区自治協議会は「高柳ふるさとまつり」を高柳小学校で実施し、グライダー展「よみがえる翼」を開催しました。
昭和15年は皇紀2600年と呼ばれました。この年に日本陸軍が作った戦闘機が有名なゼロ戦です。その翌年の昭和16年、高柳国民学校(現:高柳小学校)の高等科2年生(現在の中学校2年生)が、中島薫先生と谷垣桂三先生の指導で、人間が搭乗する滑空機(グライダー)を製作しました。本物の主翼はつるぎが丘公園体育館で展示されています。
この滑空機は昭和16年11月27日、豊岡の円山川滑空場で大阪航空局の試験に合格し、使用許可がでました。小学生が作った全国初の滑空機で「製造番号No.1、文部省式第I型C6000」と名付けられました。
グライダー展では、高柳国民学校と同じ設計図で作られた同規模同型の飛行機が公開されました。実際に長野県霧ヶ峰高原で飛んだ実績があります。
機体の先端にあるフックに大きな紐ゴムを取りつけ、人間が両翼側に分かれて後ろに引っ張り、機体を止めているロープを離して飛ばします。操縦席は一人、動力はゴム、材料はヒノキ、最高飛行距離は約200メートル程度にもなりました。
但馬飛行クラブが但馬空港の格納庫で保存していましたが、高柳地区自治協議会が譲り受けました。昭和30年頃の製作で、日本で数機しかない大変貴重な滑空機です。
現在は但馬空港が作られ、ハチ高原ではパラグライダーも行われています。こうした但馬の空への挑戦は、昭和16年高柳国民学校の小学生が作った滑空機が源流の一つになっています。当時の勇姿が、再び高柳小学校に出現しました。

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