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まちの文化財(140) 伊佐小学校と湯川秀樹

まちの文化財(140) 伊佐小学校と湯川秀樹

伊佐小学校の二つの石碑 画像 

湯川秀樹博士の自筆の文字 画像 

 伊佐小学校の二つの石碑

 湯川秀樹博士の自筆の文字

平成28年4月、伊佐小学校の裏側から正門横に二つの石碑が移転しました。もともと昭和38年7月6日、船山神社の前にあった伊佐小学校に建てられた記念碑です。
第1の石碑は、湯川秀樹博士が伊佐小学校に贈った自筆の言葉です。石碑に円形のブロンズで「真理は一つ、世界は一つ、湯川秀樹」の文字を刻んでいます。
湯川博士は、昭和24年に中間子論で日本人初のノーベル賞を受賞しました。戦後復興を進める日本国民に勇気と希望を与えました。また、当時伊佐小学校で使っていた教科書にも湯川博士の言葉が載っていました。
石碑の言葉は「真理は一つです。世界は一つです」と読むのが普通ですが、第2次世界大戦で空襲をうけた日本国民の体験を考えると、「真理は一つだが、世界は一つではなかった」と読むことも可能です。また、国立京都国際会館には湯川博士の「世界は一つ」という石碑が建てられています。
湯川博士の言葉を刻んだ石碑は、全国でも国立京都国際会館と伊佐小学校だけのようです。湯川博士の石碑は全国的にも珍しいものです。湯川博士から伊佐小学校の子どもたちへ「真理を学びましょう」という願いが込められています。
第2の石碑は、親子像です。石碑の中に、長方形のブロンズで両親と女の児童のレリーフを描いています。健やかな子どもの成長を願った記念碑です。
ブロンズの制作者は朝来市和田山町出身の日下寛治氏です。氏は豊岡市に赤木正雄博士の銅像、八鹿高等学校に青年の銅像、宿南小学校に池田草庵の顔の木彫、青谿書院に池田草庵の木彫座像を残しています。
昭和38年度、伊佐小学校卒業式では「湯川先生の書をいわおに刻み、朝な夕なに、私たちを見守る学びの庭」という詩を6年生が朗読しました。この二つの石碑はコウノトリの里で学ぶ伊佐小学校の児童たちを50年以上も見守っています。

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