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まちの文化財(136) 小路頃才ノ木遺跡

まちの文化財(136) 小路頃才ノ木遺跡

小路頃の稲荷神社 画像 

 丘の上にある稲荷神社 画像

小路頃の稲荷神社

 丘の上にある稲荷神社

養父市関宮地域(旧関宮町)は兵庫県でも縄文遺跡が密集して発見されている地域です。兵庫県遺跡台帳では縄文遺跡が107か所も確認されています。
小路頃区の小高い丘の上に稲荷神社があります。神社の敷地は狭いですが、この場所は縄文時代後期(約4000年前)を中心として縄文人が生活した遺跡であり、小路頃才ノ木遺跡と呼ばれています。
昭和49年、関宮町教育委員会が高松龍暉氏と前田豊邦氏に依頼して、遺跡の発掘調査を実施しました。『兵庫県史考古資料編』によると、縄文時代中期末の竪穴建物跡が出土しています。平面規模は約5m×4mの楕円形で、中央に直径80cmの火を燃やした炉跡の穴があります。
縄文土器には、使われた時期や地域を示す「土器型式」があります。縄文時代後期初頭は、岡山県倉敷市の中津貝塚を標式とする「中津式」です。それに続くものが岡山県倉敷市の福田貝塚を標式とする「福田KII式」です。この型式の土器は、磨消縄文(すりけしじょうもん)という文様が特徴です。才ノ木遺跡からは「福田KII式」の全形が分かる深鉢形の土器が出土しました。外面にはススが付着しており、食べ物を煮る容器として利用されています。
この遺跡から出土した石器の石材は、90%以上が香川県坂出市にある金山(かなやま)付近で産出したサヌカイトであると鑑定されています。さらにこの遺跡から出土した黒曜石(こくようせき)という石器の石材は、島根県隠岐郡隠岐の島町にある久美海岸で産出したものであると鑑定されています。
小路頃区の神社の境内地には、4000年前に縄文人が活躍した証拠が残っていました。出土した縄文土器の紋様、石器の石材などによって岡山県から香川県、さらには島根県との交流を考える上で大変重要な遺跡となっています。縄文人の交易は西日本各地に広がっていました。

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